永淵閑ブログ11 9対1

戦国時代のお百姓さんは、自分の土地を支配しているA殿様の城、あるいは砦が隣国B国の兵隊に囲まれ、戦争をしていても、すぐそばで畑仕事をしていた。お百姓さんの関心は、畑が荒らされないことで、どちらが勝っても関係ない、という気持ちだったようだ。このときの人口比は、お百姓さん9に対して殿様たちの武士は1であった。


つぎに明治維新であるが、黒船騒ぎの後、外国勢力に日本が侵略される危機に応じて立ち上がったのは、やはり1割程度だったのではないだろうか。ほかの日本人は、やはり畑仕事をしていたり、店商売を続けていたと考えられる。このときも、日本人の9割は、統治者については、あるいは統治者交代については、自分と関係ないことと考えていたのではないだろうか。


そして、2018年現在、やはり日本の統治者はA国からC国に代わる動きが活発化している。そのことを考えていたら、戦国時代の末期のエピソードをおもいだした。司馬遼太郎が何かの本で書いていたものである。カッテンディーケの回想録のなかで、長崎について驚いたという話である。長崎で一人の商人と話していたとき、「この町は小銃を持った水兵の四・五十人もいれば占領できる。そのときあなたはどうするのか」。すると商人はこたえた。「それは幕府のなさることで、私には関係がありません」と応えたそうである。


日本人は変わらない、という話でした。古代ローマ帝国時代のような奴隷制度がないからでしょうね。それは、精神的奴隷状態なのでしょうか。自主的自立なのでしょうか。どうでしょうね。